そのさきはみえない





一瞬冷えた空気が布団の中に入り、すぐにぬくい体温が足をすべる。土方は背中にひたりとくっついてきた温かみの正体を悟る。
「寝れねえのか」
首だけ振り返ると栗色のふわふわとした髪の毛が目に入り、風呂上りだろうシャンプーのいいにおいがした。顔は背中に押し付けられていて、伺いしれない。もぞりと体が動く、しかし返事はない。
「自分の部屋で寝ろよ」
顔を土方の背中にぎゅうと押し付ける。総悟は、しかし何も言わない。
しようがなく、土方ははみ出ていた総悟の背中に布団がまわるよう掛け直す。また、畳にはみ出ている彼の体がシーツに収まるよう、横になったまますこし詰める。総悟もぴたりとついてくる。

「ばかやろう。」
ぽつりと総悟が呟く。
「土方のばかやろう。しね。」
布団に入って十分ほどたっただろうか、眠りにつく準備をしていた頭が突然現実に戻される。土方は閉じていた瞼を開ける。背中にひたりとくっつくその少年はしかし言葉を発しても顔はあげず、何事もなかったかのように相変わらず身体を寄り添わせてくる。
ちらりと横をみると、肩越しに綺麗な綺麗な色素の薄い栗色の髪がある。思わず頭を撫でる。ぼんやりと思い浮かぶ後ろ姿。着物と、酷く辛いせんべいがふと眼球の裏をよぎる。
土方はごろりと体の向きをかえ、総悟と向き合った。総悟は一瞬びくりと震えるが顔はあげない。そっと腕を回し抱きしめると、総悟も無言で抱き返す。お互い目を閉じ、じっと横たわる。しばしの沈黙。二人の心臓の音だけがどくりどくりと身体に響く。

「俺は姉上じゃねぇ」
そう言っておもむろに腕を引き剥がし、総悟は布団を出る。見下ろした先でやっと総悟と土方の目が合う。
「んなこたわかってるよ。早く寝ろよ。」
土方も何事もなかったかのように布団を掛け直し目を閉じる。総悟が襖をしめる音がする。
総悟の温かみ、優しい髪の色、自分より小さい体。口から溢れる罵詈雑言と反して弱々しい抱擁。土方は彼がよくわからないし、彼をどう思ってるか自分でもわからない。ただ夜中におもむろに一人で布団に入ってきては、悪口を言って体を温めすぐにでて行く彼のことを、放ってはおけなかった。

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「おめーは固いしでけーし男くせーな」
「今更なんだよ」
土方は万事屋に来ていた。ひとしきり滾った情動を吐き出した後、布団に胡坐をかき煙草を吸う。総悟の体温を思い出し、ふと銀時につぶやいていた。
「お前は男って感じだよなあ」
「だからなんの話?銀さんの銀さんを褒めてくれてんの?」
銀時は怪訝な顔つきで土方をみる。
「違えよ。総悟がたまに布団に入ってくるんだ、猫みたいに。別に何をするでもなく。あいつはまだ子供だなって」
「総一郎くんってもう十八でしょ。そりゃあお前も過保護だなあ、もう十分大人だろうが。認めてないだけで」
「いや、確かに違うんだよ。何がって言えないけど」
「つうかお前はあいつのこと何だと思ってんだよ。甘やかしてんじゃねえよ。同じ布団で寝るっておかしいだろ」
そんなこと土方は分かっていた。しかし、総悟はそれでいいのだと思った。そうして総悟を受け入れる自分に不思議と違和感はなかった。
「別に何もしねえって。気づいたら寝てて総悟は部屋に戻ってたり。あいつは末っ子だし甘えただからな」
「…どっちが甘えてんのかねえ」
銀時が鼻をほじる。
「………」
土方は煙を吐き出す。
「…お前らは消化しなきゃいけないことから目を背けるのが上手いな」
銀時がぼそりと言う。土方も同じことを考えていた。未解決で鍵のかかったたくさんの扉が目の前に並ぶ。一つ一つの扉の鍵はまだ見つかっていない。そんな中で手探りにかぎと扉を照らし合わせては、静かに開け、その先にいる総悟と出会いなおす、そんなイメージが広がる。
「土方」
銀時が後ろから土方を抱きしめる。土方は煙草の火を灰皿で消し振り返る。土方も銀時の背中に手を回し、頭をぽんぽんと撫でる。
「土方は俺を通して誰をみてるの」
銀時が平らな声で問いかける。土方は頭が真っ暗になる。
銀時を通して見えるものは、何もない。













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2013/12/10






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