ちっぽけな感傷





副長はいつも左手だけ黒い皮の手袋をしている。普段は右手で煙草を吸うし、運転でもなんでも左手はポケットにつっこんだままが多いので気づいていても気にしてる人はそんなにいないと思う。
副長は左手の小指がない。普段抜刀する時も食事の時もだいたい手袋をつけたままなので、そのことに気づいている人は少ない。多分近藤局長と沖田隊長と自分くらいだ。その事に俺は少しだけ優越感を覚えていたことを自覚している。副長は俺のことをそれはたいそう雑に扱うしパシリにするし、でも近藤局長にも沖田隊長にもその距離の近さゆえに出せない微妙に薄暗い一面を、俺にだけは見せていることも知っている。それは俺が彼の眼中になさ過ぎるがゆえか、それとも彼の中で一線を超えることを許されているからゆえか、なんとも言えないけれどそれでもそんな自分の立ち位置に底知れない喜びを感じていた。
それが最近、局長でも隊長でもましてや俺でもない別の存在が、副長の線の中に入ってきたことを感じる。
暗闇の中路地裏で、両手を露わにして煙草を吸う副長、地面には血みどろの死体、そして傍には白髪の天然パーマ。潜入操作の報告をしに副長を探していたら変な場面に遭遇してしまった。しばらく影で様子をうかがう。「てめーが変に現れるからこんなに返り血浴びちまったじゃねえか」紫煙をはきだしながら副長が言うと白髪の男は「…それ今切り落とした訳ねえよなあ」と左手を見る。ああそれは。「んあ?あたりめーだろ、昔やっちまったんだよ。」こともなげに副長が答える。「あ、そう、吸いづらソー」「普段は左手で吸ってねえからな」そうだ、だから副長は普段は黒い手袋をしているし、煙草も右手で吸っているし、左手が露わになるのはあの副長室でだけなのに。俺と、限られたものだけが許される空間でだけなのに。
「一本くれよ、助太刀代に」
「てめーに助けられた覚えはねえよ」
そういいながらも白髪の男に副長が煙草を渡す。
ああ、副長の一線に新たな人が入って来てしまった。しかも真選組でもなんでもないあの男が。
いつのまにか二人の空間から、吐き出される紫煙が二倍に濃くなった暗闇から俺は逃げ出していた。副長室に戻ろう。そしていつものように報告しよう。そうすれば副長はあの鋭い目でご苦労、と自分をねぎらい、あの小指を見ることを許してくれるだろう。あの空間に戻ろう。
そうでなければ自分の存在が揺らぎそうで、必死に俺はあの白い頭の残像を振り払った。









.


2013/11/06



inserted by FC2 system