けむりをわかちあう




土方の左手には小指がない。たったさっき気づいたことだ。それだと煙草が吸いづらそうねというと、だから普段は右手ですってんだよとむすっとした顔で返事がくる。今は真夜中、ここは路地裏、地面には血みどろの肉塊。土方の制服は乱れていて返り血でスカーフが真っ赤になっていて、赤の色さえもわからないくらいあたりが暗いので、ただでさえ真っ黒な隊服につつまれた土方は闇に溶け込んでいるようだった。この死体どうするの、と尋ねると、山崎に頼む、と言うので、優秀な部下がいるこって、と返す。
土方は可哀相なやつだと思う。俺に小指のないその左手を見ることを許してしまった。そうして俺をとくべつ扱いしようとしている。土方はバカなやつだ。すぐ近くに、かれに命を捧げることを喜びとしその黒い布の下に隠された些細な秘密を見ることだけで優越感を感じている殊勝な部下がいるにも関わらず俺にそんな顔を見せてしまう。土方は俺に何を期待しているのだろう。
煙草を一本、と頼むと文句を言いながらも渡してくれる。口に加えると、マヨネーズ型のライターを右手で差し出す。「火ぃつけてくれんの?」煙草を近づけると土方がカチッと火を灯す。ほんのわずかな灯りだが、一瞬お互いの顔がぼうと照らし出される。土方は満足そうだった。まっすぐに煙を吐き出すともろにかかったようで顔が少しゆがむ。
久しぶりの苦い味を噛み締めていると、いつの間にか土方がもう一本とりだし口に加える。ライターで自ら火をつけようとする。「ちょっと待って」口に加えたまま自分の煙草を近づける。土方も顔を近づける。俺の煙草から土方の煙草へ、ジジジと火がうつってゆく。お互いに目が合う。ニヤリと笑う。
小指がないその手をひたりと撫でる。「隣がいねえんじゃ薬指が寂しそうだな」土方は妙な顔をする。俺が慰めてやろうか、と言いそうになる自分に歯止めをかける。
お互いが確信をつくのを躊躇っている。というより何も言わないことでこの状況を楽しんでいるのかもしれなかった。俺は土方に何を期待してるんだろう。本当は分かっているようで、全く目の前の男のように真っ暗な闇につつまれてもいるかのような自分の意識がふわふわと漂う。
夜はふけていく。どちらからともなく路地裏をあとにする。ドロリとした闇の中、真っ赤な物言わぬ人のかたちをしたものだけがいつまでもそこに残っていた。








2013/11/08



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