無人島に持っていく本


商店街に立つ小間物屋の張り込みを始めて十日たった。その小間物屋の隣には何十年も前からひっそりと駄菓子屋がたたずんでいる。時計の針が午後二時半をさす頃、いつもの赤い傘をさして彼女は今日もそこへやって来た。道を挟んで向かいにあるこの建物の三階の窓の隙間から、駄菓子屋“お澄み”に入る彼女の姿を見るのは今日で五度目だ。十日で五度。二日に一回のペースで、彼女は足しげくお澄みに通う。

この子はまだモノの優先順位というものがわからないのだ。二日に一回お澄みに来ては、酢こんぶにありったけのお金をつぎこみ、両手いっぱいに抱えて帰っていく。ひきかえに空の財布をのぞきこんでは今日の夕飯に嘆いている。
あの子にとって我慢すべきモノは何か、一番必要なモノは何か、彼女は今はまだ分からないのだろう。しかし彼女は毎日家に帰っては、きっとあの子の家の主である銀髪頭の旦那にこっぴどく怒られながら、それをこれから学んでいくのだろうと思う。

背後で携帯がなる。着信は副長からだ。
「はい、山崎です」と出ると「あと五分ほどで着く。準備しとけよ」とだけ副長は言い、すぐ切れた。プーッ、プーッと既に切れている電話に「はいよ〜」と答えながら自然と笑みがこぼれた。とうとうこの退屈な張り込みが実を結ぶ時がやってきたようだ。電話からぴったり五分後、副長とそのほか真選組の面々は小間物屋に御用改めに現れた。客人に見せかけた攘夷志士が、店員になりきっていた人物からブツを受け取った直後だった。タイミングはばっちりである。あとは自分が、万が一にでもそいつらを取り逃がさないように、上から見張っているだけだ。これで十日間の苦しかったあんパン生活が終わる。しかと小間物屋に目を凝らす。万が一は億が一だったようで、何一つ手を出す必要がないまま、張り込み相手は全員逮捕された。

お世話になった小間物屋(今回は珍しく建物に傷一つつかないまま仕事が終わったのでよかった)の前に行き、一礼をして屯所へと向かう。隣のお澄みの前を通ると、店主のおばあちゃんが心配そうに様子をうかがっていた。「大丈夫ですよ、少し騒がしくなってしまってすみません」と声をかけると、「本当アルヨ!バーちゃんびっくりさせんじゃねーヨ、このばか警察!」と少女に後ろから怒鳴られた。振り返るとそこには、今回犯人以上に目に入らざるをえなかった彼女が、いつものように酢こんぶを食べながら立っていた。
「酢こんぶじゃなくてもっと他に買うものあるんじゃないの?」と言うと「ジミーに言われたくねーヨ」と唾を吐かれた。
確かにその通りかもしれない。

赤い傘をさして足しげく駄菓子屋お澄みに通う彼女は、モノの優先順位が分からずに酢こんぶにまみれ今日の夕飯に嘆いている。しかし彼女をバカにするつもりはない。
そう言う自分自身こそ優先順位がデタラメだ。あんパン漬けの苦しい監察生活を甘んじて受け入れるのは誰でもない副長の命だからである。副長の命令に従い副長を補佐する、それが自分にとって一番大事な事だ。いざという時は命を捨てても副長を守ると思う。きっと彼女からしたらそれは滑稽なことだろう。
優先順位はその人自身が決めるものなのだ。結局他人からは、正しさなんてわからないものである。

「山崎、帰るぞ」と副長が呼ぶので急いで車に乗り込む。扉を閉めながら「ご苦労だったな」と労いがある。それだけで疲れがやわらぐ。それこそ彼女にとっての酢こんぶのように何に変えても惜しくないのである。









2014/05/06

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