あたたかなさむいよあけには




頭が痛い。師走の慌ただしさは他の月の比ではない。職業柄こんな大晦日まで仕事に明け暮れる自分に嫌気がさしたが、この道を選んだのもまた自分だ。もうすぐ紅白が始まる時間だ。土方くん、流石に今日は早く帰っていいよ、大晦日だもん、家族とゆっくりすごしな、と女上司が声をかけてくれる。ありがとうございます、と言いつつも、今年中にキリがいいところまでやらなければならない仕事がまだ残っていた。それに年末年始を一緒に過ごす人もいない俺には、イベントごとなんて興味がなかった。あんまり遅くまでいると、ほらあそこ、近くの神社が初詣のお客さんすごいでしょ、ちょっとぶつかっちゃうかもよ。そんなことを最後に言い残して上司は帰って行った。 ー初詣か。初詣。これもまた自分に縁のない行事だ。しかし昔、高校生の頃に一度だけ行ったことを思い出す。あれは確か高三の最後だった。それで確か… そこまで物思いにふけり、いや、そんなことは今はどうでもいい、と最後に気合をいれるため栄養ドリンクを一気飲みして、また仕事に戻った。

...

「お前が30になっても独身だったら、俺がもらってやるよ。」
とりあえずつけていたテレビのニュースでは晩婚化の特集が流れていて、コタツでミカンを食べながら、いかにも適当に先生は言った。
「んで、同棲して、結婚ごっこでもするか。でもその頃には、同性婚も認められてるご時世になってるかもなあ〜。」
「その頃には先生なんてもう、アラフォー、だろ。おっさんじゃん。今より足くさくなってるし髭まで白くなってるよ絶対。」
俺もコタツに半身もぐりながら言い返す。うるせーよ、お前もその頃は立派なおっさんだ、と先生が眼鏡を外して眉間をおさえる。これは、先生があきれてどうでもよくなった時の、くせ。
あと二ヶ月で自分は高校を卒業する。進路も決まって、先生の家でガリガリ勉強することもなくなって、こうやってゆっくりコタツを囲んでダラダラテレビを見る。先生とのこの時間が、とても好きだった。

先生は多分恋人がいない。だから自分をよく家に呼んでは一緒に過ごす。先生は多分カップラーメンが嫌い。でも自炊はもっと嫌い。だから台所は綺麗なままだし、カップ焼きそばが箱ごと玄関のそばに積まれている。
先生は多分俺の料理が好き。だから放課後先生の家に呼ばれると、一緒にスーパーに買い物についていかされるし、その時はカップ焼きそばじゃなくて野菜と肉を買いこんで、じゃあ土方くんよろしく、って俺を台所にたたせる。そんで申し訳程度の野菜炒めだとか、冬には鍋だとか、そんなのを作っては、やっぱ手作りっていいよなあ〜なんていいながら、先生はぺろりと全部食べ切る。
先生は多分家族がいない。「先生、年末年始はどうするの?」ってクリスマスもすぎた頃に聞いたら、「特に予定ないから土方くん一緒に年越しする?」って返された。自分はちゃんとした家族がいないし帰省する実家がないものだったから、年末年始でも一人暮らしの家でいつもと変わらない日々をすごすのが常だった。先生と一緒に過ごせないのかな、とかすかに期待していた自分が見抜かれたようで少し動揺していたら、先生は続けて、「俺帰る実家とかないし帰省先とかも無いし、土方くんいた方がいいんだけど。」と言ったので、すこしほっとして、すこしぎょっとした。「先生、俺も帰省するとこ無いんです、言ってなかったけど、俺親も親戚もいないから」って言ったら「ごめんね、知ってた。先生は教師だから、生徒の家庭環境全部知ってるんだ。だから誘って見た」って、すこしだけ寂しそうに、はにかんで言った。「じゃあ、紅白見ながら年越し蕎麦食べようよ」って言ったら、「うんいいね、で、ゆくとしくる年見て、初詣行こっか。」って笑った。初詣なんてものごころついてから初めていったものだから、人の多さに驚いた。甘酒をのみながら神社を一周して、家に帰って新年隠し芸大会を見て、お雑煮を食べて、そんな慣れない事をしたものだから疲れたのか、そのままコタツで寝た。起きたらいつのまにかちゃんとベッドで寝ていたから、先生が運んでくれたんだと思う。先生がちょうど玄関から帰ってきて、近所で配ってた餅をもらって来た、って嬉しそうにお餅のたくさん入ったビニール袋をかかげた。

「じゃあさ、土方くんが30になって独り身で、俺も独り身で、そうなったらあの初詣にいった神社の前で神前式でもあげるか。」
とっくにニュースでは違う話題にうつっていたのに、先生は相変わらず適当なことを言っている。
「だからー、俺はおっさんはいやだし30までには立派に子供も奥さんもいるだろうし、そもそも俺ら男同士だし!」
俺も面倒臭くなって、いいながらコタツに首までもぐりこんだ。
「土方、またそのまま寝るんじゃねーぞコタツで寝ると風邪ひくんだぞ」
「先生が寝るとき起こして」
そういって目を閉じた。先生は、知らねーぞって言ってお風呂に行ってしまった。
初詣の願い事を俺は決して先生には言わずそっと胸に秘めたまま、変わらない、けれど幸せな時間を感じながら、結局俺はベッドに運ばれて、先生と眠りについた。

俺は多分先生のことが好きだ。男だからとか自分で言って、そんなそぶりは見せてないつもりだけど、俺は多分先生のことが好きだと思う。先生の寝てる布団に潜り込んで、先生のだか俺のだかわからない体温に包まれて寝るのが好きだ。俺の作った適当な料理も、文句言わず美味しそうに食べる先生が好きだ。何かと理由をつけて、一緒にいてくれる先生が好きだ。学校では見せない先生の顔を俺には見せてくれるのが、とても好きだ。
先生も多分俺のことが好きだ。俺が布団に潜り込むと何も言わずに詰めて布団をかけてくれるし、スーパーに買い物に行く時は寒ぃからって言って手を握ってくるし、俺が先生の家に自由に来られるようにって合鍵もくれた。そんで、合鍵をくれるときに、一瞬だけ唇を合わせて来て、少しだけ笑った。
先生と俺は、多分両思いだった。

...

また新しい年があけた。除夜の鐘が響く。神社は初詣の参拝客で溢れていた。こんな日まで都心で忙しく働いていた俺には108の煩悩なんて数えている暇はなく、人ごみに逆らって家路へとむかった。結局仕事が終わったのは、紅白のトリが歌い出した頃だった。
いつの間にか月日は流れ、学生時代の思い出は残酷なまでに忙殺される毎日に溶けて行った。恋人らしい恋人もいないし、ただ毎日金を稼いで、それなりの生活をしていく、それで十分だったし、それがいまの自分には全てだった。
煙草に火をつける。いつの間にか煙草の量が増えていて、体に悪いと思ってはいるもののやめる気はなかった。煙草なんて手を出すもんじゃねえな。俺は、いつから吸ってたんだっけ。物憂げに煙草をふかす大人が近くにいて、それを何と無く真似したのが始まりだった気がする。
そういえば、さっきも思い出したが、この人波が流れ着く先の神社に昔初詣に行ったことがあった。結局人生の中で元日に初詣なんて行ったのは、後にも先にもあれだけだった。でっかい鈴をならして、いっちょまえに二礼二拍手一礼、だなんて慣れないことをして、お賽銭を投げて、お願いをした。なにを願ったんだっけ。

何と無く来た道を振り返る。人々が向かう先へと、足早に自分も向かう。ただなんとなくだけれどでも行かないといけない気がした。
「ずっと一緒にいられますように」
ふと頭に昔の光景がよぎる。初詣で願ったこと。あたたかなこたつ。みかん。流れるニュース。一緒に食べた鍋。ああ。そうだった。そうだったね。
なぜか心臓の音がやけに耳に響いた。とてもとても大切な、ずっと忘れていた、忘れようとして心の一番したに押し込んでいたものが、いっきに胸いっぱいに浮上してきた。

神社の境内につく。
あたりを見回すが、当たり前のようにおしよせる人の波に、自分が求めるものはない。

流れる人。着物を来た親子。袴を着た巫女さん。手をつなぐカップル。破魔矢を持つおじいさん。
慌ただしい新年の始まりをどこか違う世界のように感じながら、俺はただ煙草をふかし甘酒を片手にひたすらに待っていた。


「お兄さん一人?」
いつの間にか初日の出を拝める時間になっていて、声をかけられてはっと我に返る。手足が氷のように冷たい。こんな寒い日に外で何時間も何をやっているんだろう。甘酒を片手に持ったまま、煙草はいつの間にか燃え尽き、そのまま石段で寝てしまっていたようだった。
顔をあげ目を合わせる。

「お兄さん一人なら、ご一緒しませんか」

その人は持っていた安い甘酒を、乾杯、とつきあわせ、ぐびりとのんだ。自分も合わせて、残っていた分を飲み干す。冷えた甘酒は不味い。しかし懐かしい味が口の中に広がって、思わず泣きそうになった。

そうだよ。俺はちょうど30歳で。高校時代にしたあの約束を、バカみたいに信じてここに来た。俺は、忘れてなんかいなかった。待っていたんだ。彼を。

「先生」

.

帰ろうか、と手を取られる。変わらない笑顔と、手のぬくもりがそこにあった。どこに、なんて聞かなくてもわかっていた。
「先生とずっと一緒にいられますように」
十年越しで新年の願いを叶えてくれる神様なんて、きっと先生みたいに適当なやつなんだろうと思う。

ひやりとした冬の冷たい空気を体全身に感じながら、あたたかいその手をもう離さないとでもいうようにぎゅうと握りしめて、二人で歩いた。途中で俺ははっとふりむいて、まだ初詣してない、と神社へむかった。そんなのいいじゃんと彼は言ったが、それでも一つだけ、やりたいことがあったから。

鈴をならす。二礼、二拍手。
神様、遠い昔の願い事を十年かけて思い出させてくれてありがとう、願わくば、おれたちをそれなりに適当に見守っていてください。もう離れないと思います。では、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
一礼。












.


2013/12/17




inserted by FC2 system