あおげばとうとし




サヨナラを言おうとして失敗した。

先生は俺のことを気持ち悪いと思っているにちがいない。
今日は卒業式だった。終わってから、クラスメイトと写真を取り合ったり、ボタンを交換したり、卒業アルバムに寄せ書きをしあったり、そんな放課後が終わって、教室には俺と先生だけが残った。
サヨナラを言おうとしたんだ。あと、ありがとうを。まだまだ子供の、こんな自分に付き合ってくれてありがとう。俺は卒業して大学行くけど、先生も頑張ってね。三年間、楽しかった。さようなら。そう言うつもりだったのに。
「どうしよう、やっぱり俺卒業しても先生のこと忘れらんねえかもしんない。」
いつの間にか卒業証書を片手に、先生に向かって、俺の口は自分でも予想だにしない言葉を発していた。先生は口をぽかんと開けて俺をみていて、俺だって自分でもなにを言ったか分からなくて先生以上に唖然とした。
最後の最後に大失態をおかしてしまった。この三年間の思い出を、綺麗に締めくくるつもりだったのに。
先生は暫くして、阿呆みたいにあいていた口をキリリと引き締めて、息を吸い込んだ。



サヨナラを言おうとして失敗した。

教え子の土方は超がつくほど真面目で、しっかり者で、それでいてとても素直な生徒だった。担任の俺に時々訝しげな眼差しを送ることもあったが、委員会や行事のたびに何かと土方と関わることが多くて、自然と仲良くなって行った。そして何の縁だか、なんだかんだ三年間クラスを受け持ったもんで、今日の卒業式はこんな俺としても感慨深いものがあった。
でも、俺は土方に教師としてよろしく無い関わりをいくつかしてしまった。
その一、プライベートでそれなりに会っていたこと。飯を食いに行ったり、飲みに付き合ってもらったり、土方を自宅に招いたこともあった。
その二、必要以上に身体接触を持ってしまったこと。例えば授業中、例えば掃除中、例えば放課後、そして自宅で。それは土方の頭だったり指先だったり背中だったりで、ほんの軽く触るだとか、撫でるだとか、肌と肌を触れ合わせることがそれなりにあった。俺の家に土方が泊まった時なんて、一緒の布団で寝てしまった。
その三、これが最もよろしくない。いつの間にかただの生徒として土方をみられなくなってしまったこと。
酔って、布団で土方を抱きしめて、頭を撫でた。そのまま体をこちらに向かせた。目と目があった。キスをした。そのまま抱き合って眠った。お互いに何も言わなかった。何も確認しなかった。けれどももう2人の、教師と生徒という関係が崩れていることは明白だった。翌日学校では、何事もなかったかのように過ごして、でも時々家に招いては、そんなことをしたりして、そんな関係がダラダラと続いてしまった。
そして、お互い何も言わないまま今日を迎えた。
今日心に決めていたことがあった。土方への気持ちを確信して、実感して、固めて、その上で、ゴメンねと言うつもりだった。だめな先生でゴメンね。変なことしてゴメンね。困らせて、付き合わせて、君の大切な三年間を奪ってしまってごめんね。大学に行っても土方らしく頑張るんだよ。じゃあ、さよなら。
そう言うつもりだった。
いつの間にか、はかったわけでもないのに、教室には俺と土方だけが残っていた。まだ咲いてないのに、桜の香りが窓から風に乗って教室内をつつむ。カーテンがなびく。
口を開こうとした瞬間、彼に先を越される。彼の口からは思いも寄らない言葉がでて来て、思考が止まる。
今、なんて言った?先生のこと、忘れられないかもっていったの?
ああ、なんて愛おしくて、どうしようもなくばかな子なんだろう。
口を開く。
「俺も。俺も土方のこと忘れたくない。」



サヨナラを言おうとして失敗した。
代わりに、ずっと言えなかったことがやっと言えた。
「好きです。これからも一緒にいてください」

お互い暫く無言で見つめあって、どちらからともなく手をとって、ぎゅっと、そっと抱きしめた。そして、ふふっと笑った。これからもよろしくね、と言った。
明日もまた変わらない生活がくるだろう。ただ一つをのぞいては。
先生とサヨナラはできなかった。けど全てをうやむやに先生と生徒という関係で蓋をしていた自分には、よくやく別れを告げることができた。
あと暫くしたら、外の桜が咲くだろう。きっと綺麗な、きれいな桜が咲く。それを二人でみたいと、心からおもった。








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2013/12/13





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