産後の肥立ち





「いいだろ、順調な回復じゃねえか」
「順調じゃありません」

始めての仕事を終えた山崎の腹にはザックリと痛々しい傷の痕があった。山崎はできるだけ慎重にその傷跡をなぞる。腹のその部分だけ一直線に皮膚がひきつっている。包帯を一応巻き直すが、もういらないのかもしれない。でも、念のためである。

「初めてでこんだけの危険にあってこんだけの情報を持ち帰って、しかも生きてるなんてのは、幸先がいいよ、お前」
土方はしかめっ面で煙草をくわえながら、山崎が死に物狂いでまとめ上げた報告書をパラパラとめくり、しかし片方ではリズミカルに、左手の人差し指でトントンと畳をたたいている。土方はご機嫌だ。
「立派立派。部屋帰って少し休め。」
土方が山崎のことを褒めたのは、後にも先にもこの一回だけになるのだが、山崎はまだそのことを知らない。それどころか、もう少しきちんと褒めてくれてもいいのではないだろうか、こんなにがんばったのに適当なあしらいではないか、という不満が斬られた腹の痛みとともにズキンズキンと山崎の身体中を駆け巡った。
「とにかく監察ってのは生きて情報を持ち帰るのが第一だ。腹の傷は記念にとっておけ」
山崎が何かを言いたがってるのを察したのか、土方はさらにねぎらう。(山崎にねぎらいが届いているかと言えば、そこは別問題である。)
山崎は「御意」とだけ言い、自室に戻った。

人に斬られることは苦痛である。しかし人を斬ることはそれ以上の苦痛であったのかもしれないと山崎はおぼろげに思わされる。裏で働く監察だろうと、実際戦闘に出る隊士であろうと、真選組での初仕事を終えた者たちは、みな何かしらの渦が胸の中に生まれるのではないかと思う。それは人を斬って周りに認められた達成感かもしれないし、たとえ仕事だろうと人を殺めてしまった罪悪感かもしれない。山崎は直接人を斬ってはいないし、ましてや殺めてもいない。しかし他の隊士が人を殺めるための下準備を入念に行った。斬られる相手と何度も会話をかわし関係を作った。その相手を直接殺したわけではないが、山崎が彼を裏切ったのは明白である。
この初仕事が終わったら、多いに自分は気を病むかもしれなあと思っていたが、案外そうでもない自分自身に、山崎はなぜか現実味を感じることができない。自分は案外薄情な人間かもしれない、しかしそれは悪いことではないのかもしれない。
わかっていたはずの自分の、わからなかった部分がどんどんと膨らんできて、ぼんやりとただよう意識のなかで、山崎は腹の傷を、たいそう大切そうに、なぞった。






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2014/10/29

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