赤五題




その軌跡(山崎と真選組)うまれる(生理山崎)告発やらなきゃよかった知らない人についていかない


※タイトルクリックで話へ


























その軌跡


とある一日、晴天。
副長から手渡された文書に目を通す。びっしりと埋まった文字が頭の中に吸い込まれていく。 最後の一文にたどりつく。
“壱.職務上知り得た、組織、個人に関する秘密情報に関して、組の許可なく発表、公開、漏洩、利用しない。
弐.私が組を辞した後も、勤務中と同様に、職務上知り得た組織及び個人に関する秘密情報を組の許可無く発表、公開、漏洩、利用しない。”
全てを読み終えたとわかるやいなや、副長が朱肉をだす。親指を差し出す。捺印を押す。指に朱肉の紅色が染みる。
真選組に入隊した初日のことであった。


とある一日、快晴。
忙しい。太陽の容赦ない光線が暑い。忙しい。慌ただしく動き回る男たちが不躾にふりまく汗が嫌に熱い。忙しい。目の前につまれた紙の束がひたすら厚い。逃げ込むように冷房の利いた食堂へ行く。こんな日はこれに限ると冷蔵庫をあける。大きな西瓜がそこにある。こっそり食べようとすると背後にいやらしい気配を感じる。振り向く。包丁を持っている同僚がにやりと笑う。一筋汗が流れる。これは暑さのせいではない。結局ありつけたのは瑞々しい色をしたただひとかけらだけだった。黒い種のみを器用にぺっと庭に吐きだす。来年もしかしたら芽が出るかもしれない。しかしそれを自分が見る事がない事を祈る。ああ、忙しいが、この忙しさは決して彼らに伝わる事はないであろう。(否、伝わってはいけない。)


とある一日、曇天。
夏ももうとっくに終わったのだが、それにしても少々寒い。あの突き刺さる日差しが恋しくなる。あんなに鬱陶しかった隊服が心地よく、冷たい空気と肌との間に温かい壁をつくる。辺鄙なところに飛ばされてしまった。いきかう人々はみな肌寒そうに、まとう羽織をひしと握りしめ速足で歩く。木々が枯れている。枯れているのとは少し違うのか。「落葉樹の葉の中にある緑色のクロロフィルが分解され赤いアントシアンが生成されているのである。」遠い昔にどこかの寺子屋で習ったような、おそらく習っていないような横文字をつぶやいてみる。まだ自分がかろうじて、季節の移り変わりを感じ得ることができるのだとどこかで思う。もうすぐ一つの仕事が終わろうとしていた。


とある一日、雪。
しんしんと雪が降っている。見渡す空も、踏みしめる地も、みな一様に白い。屯所に生える枯れ木は白に押しつぶされ今にも折れそうである。地面にも同様に、誰の足跡も付いていない一面の真白が広がる。遠くで刃の交わる音がした。途端、世界に、消えたように思色が混じっていく。次第に雪は赤色に変わる。俺の直接見られ得ぬところで、彼らの赤い血が流れる。それは昨日まで友人の契りを交わしたような関係であった彼らのこの世に生きた証だった。静かな屯所でただ一人、掌を見つめる。そこにはあの頃にはなかった肉刺と小さな傷がそこかしこについている。罪悪感はおそらくない。
俺の仕事とは、こういうことである。





2014/12/03


























うまれる



月に一度、三日間だけ、俺の体からは血が流れ出るのだ。それは腐った鉄の匂いがして、そんなとき俺は無性に苛立って、手当たり次第女を斬ったりもする。
今地に伏せっているこの女だって、月に一度、七日間も血を流すのだろう。気怠い重いその月の満ち欠けを、うんざりしながら身に宿すのだろう。ならばここで一生分、その血を吐きださせてあげよう。そうして楽にしてやろう。それならもうこれから先は、この鉛のような痛みに苦しむこともないだろう。ああなんて慈善活動に勤しんでいるのだろう。我ながら惚れ惚れしてしまう、と、物言わぬ骸を見降ろして、そんなことを思ったりもする。骸を片づけようと腰をかがめる。またどろりと、股の間から血塊が生まれおちる感覚がする。衣服の隙間を縫い太腿を一筋垂れるその血を拭う気にもなれず低く唸る。「あーあーあー。」
あいつはどこにいるのだろうか。俺に血を流させたあいつは今どこで、のうのうと息をしているのだろうか。あいつさえいなければ俺はこんなに殺気立ったりしない。俺は俺のためにはやくいきたいのだ。あと何十回この血を見れば気が済むのか。俺からは何も生まれない。うまれるのはただ淀んだ塊と、女の鮮やかな赤だけなのだ。
今日もどこかで血が流れる。俺はそのたび俺の苛立ちが収まることを切に願いながら、やさしく腹をさするしかないのだ。





2014/12/03














inserted by FC2 system